2009年07月26日

だまされる側の責任

だます側が一方的に悪くて、だまされる側に責任はないのか。

植草さんの痴漢冤罪事件の時から
自分の中で、ずっと考え続けていたことですが、
マイケル・ジャクソンの死によって
真実の彼の姿を少しずつ知ることになって
また深く考えさせられることになりました。

どちらの件に関しても、私も多くの人たちと同じように
完全に、簡単に、だまされていたわけなので。

そして最近思うのは、だまされるということは
だます側の波動に、自らも同調して乗っかった、と
厳しくいえば、そう言えるのではないかということです。

光りも闇も世界がその2つに別れているわけではなくて
どちらも自分の心の中にあるものだとすれば、
外の世界の、自分の波長と合うものに同調するのが「波動の法則」。

だます側が組織化され、力を持っている場合は、
大規模にマスメディアなどを巧妙に使ってくるので、
たしかに一般市民は圧倒的に不利だとは思います。

それでも、そこで少しでも違和感を感じたり
なにか説明のつかないレベルで素直に受け取れないと感じたら、
大きな流れに飲まれることなく
自分自身の頭で考えてみる必要があるのだと思います。

検討するための材料が足りなければ、
判断をくだすことをやめること(保留にする)だと思います。
マスメディアや世間はあのように言っているけれど、
私にはよくわからないので裁かない、と。

自分の心に正面から向き合うことを避けて
国やマスメディアが悪いのだと思っているうちは
同じ間違いを繰り返すことになるのかもしれません。


soranimukatte_23 at 12:54│ 気・波動・霊性